ツチノコ再び・・・!

ツチノコもどきナラノコに馬鹿にされたと思ったか否か、
楢は何が気に入らなかったのか?、ナラノコの舌を噛みちぎってしまいました・・・


泡をふいているように見えなくもない、ナラノコ。哀れな姿よ・・・


「お父ちゃま、早くソイツを生き返らせてね。」


「楢ぽん、寝て待ってるから。」



ちくちく・・・ちくちく・・・




ナラノコ、生還ですっ!



しかし。


悲劇は繰り返されるのであった・・・

# by tochinara | 2009-11-16 18:06 | ナラ | Trackback | Comments(0)

ツチノコ!?

11月11日は、推定ではありますが、楢の5歳の誕生日でした。

私の誕生日に引き続き、主人から楢へ、手作りのプレゼントが手渡されました。


メーテルみたいな目をしているのは誰??何???



「アンタ・・・新顔ね・・・何者???」



これは・・・

幻の生物・・・


ツチノコでは・・・!?




ふがっ。ふがっ。
「アンタ、噛みごたえあるわねっ。」



(コイツ・・・あたしのこと、見下してる・・・。あの赤いぴらぴら、気になるわ・・・)



この後、ツチノコもどき「ナラノコ」に待ち受ける悲劇とは!?

# by tochinara | 2009-11-13 23:38 | ナラ | Trackback | Comments(2)

ペットロス

最近、こんな本を読みました。
実は以前から買っていたのですが、まだ遠い将来のことだと思って、ずっとしまい込んでいました。

「あなたがペットの安楽死を決断するとき」


栃が亡くなったのは、この本を読む前だったのですが、
この本を読む読まないにかかわらず私の決断は変わっていなかったと思います。

しかし、ペットロスの本や安楽死についての本はまだまだ少ないと感じます。
私は、多くの方にいい本と出会ってもらいたいなと思っています。
この本は、安楽死を勧めているのでも、正当化しているのでもありません。
あくまでも決断するのは飼い主であり、選択肢のひとつとして「動物の苦痛を長引かせない」ことを念頭に書かれています。



ところで。


栃を喪った淋しさは大きいけれど、私も数日のお休みをいただいてすぐに仕事に復帰できたし、
趣味の世界も大事にできているし、国際会議の準備もしないといけないし・・・で、
普通に生活できているなあと自分では思っていました。
「ペットロス」というのは、家族の一員を喪った悲しみで仕事も家事も手につかず、落ち込んでばかりで以前のような社会生活を営めないような症状を指すのだと思っていました。

でも。

私のように、表面的には普通に生活していても、やっぱり毎日思い出すたびに泣くのも、
ペットロスに分類されるようです。(立ち読みした本で知った・・・)


↑で紹介した本に書かれていましたっけ。
話を聞いてもらえる人、話を理解してくれる人に、自分の気持ちを伝えてみましょう、って。
同じように犬を看取った人でも、現在同じように犬を飼っている人でも、
あるいは犬と暮らしていない人でも気持ちを受け止めてくれる人なら誰でもいいんです、って。
大切なのは、自分の気持ちをためこまないこと。
泣き虫だと思われようが、いつまでもくよくよメソメソしていると思われようが、
自分の気持ちを人に伝えることで、気持ちの整理をつけていくのです。
聞いてくれる人がいない人は、「文章で綴ってみましょう」「ペットに手紙を書いてみましょう」とも書いてありました。

私、全部してるわ・・・


おかげさまで、淋しさは同じだけれど、泣く時間も回数も少なくはなったし、
何より自分が今向かい合わないといけない仕事やら何やらにも、
平常心で向かい合えているように思います。


そうこうしているうちに、私もまたひとつ歳をとってしまいまして・・・

主人から贈られた、主人手作りのプレゼントです~


# by tochinara | 2009-11-09 16:48 | トチ | Trackback | Comments(2)

思い出めぐりの散歩

栃とよく散歩に行った、有馬富士公園へ、楢とふたりで行きました。
栃だけだったときも、楢を迎えてからも、一緒に、時にはおともだちと、本当によく散歩した公園です。




私のそばにはもう栃はいないのですが、一緒に散歩したときのこと、
次から次へと記憶があふれてきます・・・
池でくつろぐ?カモを見たり、草の上でゴロゴロ転がったり、
水辺で休憩したり、ベンチにすわってお弁当食べたり。


でも・・・

最後にここに来たのは、いつのことだっけなあ~。


もう、楢だけになってしまったけど、
これからは、楢とともにたくさん思い出を作りたい。



# by tochinara | 2009-11-08 23:54 | ナラ | Trackback | Comments(0)

神戸アニマルケア国際会議2009

最近、暗い話題が続いておりましたが・・・

今日は、希望のある話題を、ということで、
12月に神戸で開催されるイベントの紹介をさせていただきます。


NPO法人Knotsさん主催の「神戸アニマルケア国際会議2009」が12月12日(土)、13日(日)の2日間、
大震災を経験した神戸の地で開催されます。
詳細は↓をクリックしてください♪




私もワークショップで発表者として参加させていただけることになりました。


飼い主としての責任、動物に携わる者としての責任、命を育み慈しむことの大切さをこの機会に確認できればと思います。

国際会議といっても、動物関連のお仕事に就かれていない一般の方々にも興味をもって参加していただける内容で構成されており、多くの方々に参加していただけるようにとのご配慮で、参加費もおさえていただいています。

たくさんの方々とこの国際会議でお会いできることを楽しみにしています!

# by tochinara | 2009-11-05 23:48 | 動物福祉 | Trackback | Comments(2)

トッちゃん、あのね・・・

もう、あれから、2週間も経ったね。

この2週間、おにいとおねえは毎日毎日トッちゃんの部屋に行って、ずっとずっと話しかけとったんよ。


土曜日がくると、
「思えば土曜日の朝に発作が起こったんやったなあ・・・」
「ちょうど今頃夜の発作が起こってたなあ・・・」
「夜中に病院に連れて行ったなあ・・・」

日曜日になると、
「病院で点滴してもらってたなあ・・・」

月曜日には、
「晩は苦しそうにしてたなあ・・・熱が高かったんやもんなあ・・・」

・・・て、つらいことばっかり思い出してるような書き方してしもうたけど、
でも、あの3日間を振り返るときだけで、あとはずっと楽しい思い出話ばっかりしてるんよ。


トッちゃんとはいろんなところに旅行に行けたよね。
琵琶湖で泳いだし、雪の香住にカニ食べに行ったし、伊勢にも行ったし、
境港にカニ食べに行ったときは、行きの高速でおねえがスピード違反でパトカーに捕まったとき、
心配そうに待っててくれてたよね~。
楢ぽんも一緒に行ったラハイナのドッグラン、歳を忘れて大はしゃぎしてたよね。
信州は長旅やったけど、トッちゃんは2回も行ったよね。
旅行と言えば、おねえがソフトクリームを食べるたびに、分け合ったよね。
トッちゃん、ほんまにソフトクリームが好きやったもんなあ。
最後の旅行になった、今年の和歌山でもやっぱり一緒にソフトクリーム食べたね。
トッちゃんがこんなに早く逝ってしまうんだったら、もっともっと美味しいものたくさん食べさせてあげたかったよ。

毎日毎日、仕事から帰ったら、玄関までお迎えに出てきてくれてたね。
今はもう楢ぽんひとりになってしまったなあ。
帰ったら「早くお散歩行こう~」って言うてくれてたのに、
おねえってば先に自分のトイレ済ませて、疲れてるときはひと眠りしてたなぁ。
もっともっとトッちゃんと歩きたかった。
いつもの曲がり角、覚えてる?
楢ぽんは左に曲がって早く家に帰りたがってたけど、トッちゃんはそのまままっすぐ行こうとして
「まだ帰らへんで~」って、歳のわりにはほんとによく歩いてたね。
まだまだトッちゃんとお散歩に行きたいところがあったんよ。
もう一緒に行けないけど、その分、楢ぽんを連れて行ってあげようと思ってるねん。
トッちゃんに出来ひんかったことを、楢ぽんにしてあげたいと思ってるねん。

でも、トッちゃんだって、楢ぽんに出来ひんこと、いっぱい出来たよね。
老人ホームの訪問活動にも行けたし、小学校訪問も経験できたし、
こんなこと、楢ぽんやったら絶対出来ひんことやで~。

老犬教室も楽しかったね。
テレビにも出て、本にも残してもらえて、
家族だけでは出来ないことをたくさんの人に支えてもらって、
トッちゃんの生きた証を残せたこと、おねえはすごく自慢に思ってる。



トッちゃんと散歩したところ、最初は歩くのがつらかってん。
だって、いつも一緒にいたんやもん。
もう、一緒じゃないってことが、たまらなく淋しかった。
だから、毎日のようにくよくよメソメソしてる・・・。
後悔してるんとちがうよ、ただ、淋しいだけ。
もっともっと、ずっとずっと一緒にいたかったんよ。

でも、いつまでもつらいつらいって言うてられへんから、
こないだ、トッちゃんともよく行ったフルーツフラワーパークに行ってきてん。

トッちゃんがおらんと、楢ぽん、こんな感じ・・・


しばらくしっぽ垂らしたまんまやったよ~。


広場でもあんまりあそばんかった。





帰る頃になって、やっとこさしっぽが上がってたわ。




早くに届けてもらったお花が枯れかけた頃でしょう、って、
またお花もらったよ。



花より団子かな?って、おやきも送ってもらったよ。
トッちゃんにちゃんとお供えしたの、わかってた??




ねえ、トッちゃん。

楢ぽんが、ずっとごはん食べなくなってるねん。
一日1食食べたらいいほう。
トッちゃんのお供え狙うわりには、食べへんのよ。
楢ぽんも体重が減ってたわ・・・
定期健診で血液検査してもらったら、異常はなかったけど、
ストレスかかってるからかな?っていうのがわかる数値はあった。
楢ぽんも楢ぽんなりに、トッちゃんがいなくなったことを何か感じてるんやと思う。


あのさ、トッちゃん。

おねえ、仕事で疲れてたりしたらぐっすり寝てしもうて、ほとんど夢なんかみてへんの。

でもさ・・・


夢でもいいから、トッちゃんに会いたいなあ。

もう一回、トッちゃんをなでなでしたり、抱きしめたりしたいな。
トッちゃんがお顔ペロペロしてくるの、窒息しそうなくらいしつこかったけど、
今やったらなんべんでもさせてあげたいなぁ。
だって、トッちゃんはいつだって温かかった。

おにいにとっても、おねえにとっても、楢ぽんにとっても、
トッちゃんの存在はこんなに大きかったんやな・・・って毎日感じてる。


ねえ、トッちゃん。

毎日おねえの声、届いてる???



おねえがまだ一回もトッちゃんに「さよなら」とか「バイバイ」って言うてないの、
気がついてた???


だって、みんないつかはそっちに行くからさ~、
また会えるって信じたいんよ。

だから、「今までありがとう」って、いつも言うてるやん。

これからも・・・

ありがとう、かな??

いつも見守ってくれててありがとう、やね。


もうすぐ、トッちゃんの誕生日やなあ~。
その日はちょうど三十五日忌なんよ。
めでたいのか哀しいのかわからんけど、
大事な日やから、また霊園にも行くね。

楢ぽんも推定やけど11月生まれ。
おねえももうすぐひとつ歳とります。
揃って誕生日のお祝いしたかったなあ。


トッちゃん、あのね・・・

これからもトッちゃんのこと、ずっとずっと好きでいるから。
毎日毎日話しかけるから。
だから、おねえの話すこと、ずっと聞いててな。

お空の上から、ずっとみんなのこと、見守っててよ。



トッちゃん・・・


大好きだよ。


ずっと、ずっと・・・
大好きだよ。

# by tochinara | 2009-11-04 01:11 | トチ | Trackback | Comments(4)

振り返って・・・

今回の栃のことでは、みなさんにご心配おかけしました。
連絡することも、ブログにアップすることも控えさせていただいたほうがいいのかなと考えましたが、
お世話になったからこそ、仲良くしていただいたからこそ伝えたいという思いのほうが強く、
結果ご心配をおかけすることになってしまいました。

栃を偲び、私たち家族のことを気遣っていただき、
本当にありがとうございました。
電話、メール、お花・・・たくさんのお気持ちを寄せていただき、
本当にありがとうございました。





楢も栃を拝みに???



まさかね。

栃に供えた、ササミを狙っているんです。
盗み食いの常習犯ですっ!




昨日は、仕事を終えた後、栃の初七日忌のために霊園に行ってきました。
栃を喪った淋しさは変わらずとも、泣くことも少なくなり、
とうとう昨日は一度も泣かない日になりました。
きっと、未練のない見送り方ができたからだと思っています。


職場や友人に栃のことを報告したり、ボランティアさんたちに仲良くしてもらったお礼の気持ちを伝えたりしていく中で、つくづく私は幸せ者だな・・・と思えるお言葉を何度もいただきました。

「自宅で、家族の手で見送ることができるなんて、獣医さんが家族を信じてくれていたからこそ任せてもらえたのではないか。そんな獣医さんとの関係がうらやましい」


本当に、改めて、お世話になった病院の先生方には感謝します。

我が家のような見送り方は例が少ないのでしょうか???


私たちにとっても、理想は、「自然死」でした。
ただし、それは「苦しまない自然死」です。
多くの飼い主さんが、いえ、おそらくすべての飼い主さんが、自分の家族に対しては、
最期はそうあってほしいと願っておられるのではないでしょうか。
私たちだって普通の飼い主ですから、そう願っていました。

でも、現実は、違いました。
いったいどれだけの家族の一員としての動物たちが、「苦しまない自然死」で天寿を全うすることができるでしょうか。
今回の経験を通して、本当の意味での「自然死」(苦痛を伴うことも含めて)なんて、野生の動物にしかあり得ないのではないか・・・と考えることもありました。
獣医療の発展とともに、動物の病状に応じて適切な検査や治療を受けられる時代ですが、
治療を施すという時点で、それはもう「自然」ではないような気さえしてきます。
だからこそ、私たち家族は、「苦しまない安楽死」を選択できたのではないかと思えるのです。
そして、最高の見送り方(主観です)ができたからこそ、
いつまでもくよくよせずに、栃の遺骨に向かい合えるのだと思うのです。


考え方は人によって違います。
だから、私の考え、私たち家族の考えを、人に押し付けようとは思いません。
ある程度の治療の後、苦しんででも自ら息を引き取るまで待つ、という飼い主さんももちろんおられるだろうし、出来るだけの治療はなんでも受けさせたいと思う飼い主さんもおられるでしょう。
願わくば、動物たちには苦しんでほしくはないのですが、
それでも、それぞれの飼い主さんの納得のいく別れ方ができれば、
少なくとも飼い主さんの心の負担は、少しでも小さくてすむような気がします。

仕事でお世話になっている、ある獣医師の先生の言葉です。
「獣医としては、治るものならいくらでも手を尽くしたい。でも、治る病気ばかりとは限らない。
最後は、飼い主さんが納得できるかどうか、だ。治らなくても出来るだけのことをしてと言われれば、こちらも出来るだけのことをするだけだし、苦しませたくないと言われれば、安楽死にも応じることにしている。
飼い主さんが、納得して、こうしてやれて良かったと思えることが一番大事だと思っている。」

この言葉は、私の心に響きました。
そして、改めて、信頼できる獣医さんに出会えたことを感謝します。


今、「安楽死」処置ができない獣医さんが増えていると聞きます。
技術がないのではなく、獣医さん自身が「自ら手を下す」ことに、精神的に耐えられないのです。

「苦しみを長引かせたくない」という思いの私たち家族が、このような獣医さんと出会っていたら、
栃も私たち家族ももっと苦しんだかもしれません。

逆に、私の知人が経験したことですが、「なんとしても生き延びてもらいたい」と延命治療を希望する飼い主さんに、「安楽死させてあげるほうが苦しまなくてすむと思う」という獣医さんの言葉がつらかった・・・という話を聞いたことがありました。

家族の一員のために悩むのは、やはりその家族ですから、
最後は家族が一番良いと思った選択をできればいいのかも・・・と思います。


もし、栃に回復の見込みがあったなら、
私は栃の介護を続けていたでしょう。



たった3日間で終わった、栃の介護。

病状や投薬の指示など、忘れないように記録していたノートも、
わずかに6ページで終わってしまいました。




残された私に出来ることはなんだろう???


同じように悩む人たちの道しるべになること???

そんな思いで、ここ数日、ブログに自分の思いを綴ってきました。



本サイトのトップページに、栃が今までお世話になりましたという思いで、
「今までありがとうございました・・・」と書いたのですが、
主人から、「ホームページ閉じるつもりなんか??」と突っ込みが入りました。

なかなか更新もできないですし、閉鎖することも考えましたが、
私自身も自分を振り返り、見つめなおす場にしたいので、
残しておこうと決心しました。

まだパソコンもデジカメも所有しておらず、インターネットなんて知らなかった10年前、
初めて栃と旅行したときの「旅日記」(手書き、写真付き)が出てきました。
栃の語り口でまとめてあるのですが、これがまあ、よくもこんなことが書けたなあと思うくらい恥ずかしくもあり、笑えるので、いつか形にしてみたいと思っています。


最後になりましたが、
改めて、栃にかかわってくださったみなさんに、感謝いたします。
本当にありがとうございました!

そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします!








# by tochinara | 2009-10-26 10:52 | トチ | Trackback | Comments(9)

主人のカメラから・・・

栃を看取ってから5日経ちました。
1週間前の今頃は発作があったな、とか、この時間は徘徊してたな、とか
思い出すのはそんなことが多いですが、義母の部屋に置いてある栃の遺骨を毎日抱き、語りかけています。

最初の頃は、泣いてばかりでした。
語りかけても返事がないことが、そこに栃がいないことが、たまらなく淋しかったからです。
私がこんなことでは、栃も心配して成仏できないだろうな・・・と思いつつ、
涙を止めることはできませんでした。

5日経ち、泣く回数も、泣く時間も減ってきました。
栃を喪った淋しさを忘れたからではなく、
家族で見送れたことで栃を安心させることができ、
飼い主として最高の見送り方ができたのではないか、と改めて実感しているからです。



栃が亡くなって早々、このような記録をブログに書くなんて、どんな神経をしているんだ、と
思われる方もおられるかもしれませんが、時間をおくと記憶が薄れていくものです。
だから、きちんと覚えている間に、なんとか形にしたかったのです。

そして、主人も主人のカメラ(携帯電話)で写真を撮っていたようで、
撮りためていたものを私に渡してくれました。
私では撮れなかった写真もありますので、ここで紹介したいと思います。

顔出しはやめておこうかとも思いましたが、他のサイトでもろに栃と楢とともに写っている写真も紹介されていますし(国際会議発表者用のプロフィール写真で・・・)、今さら隠してもしかたがないかな・・・という思いと、隠さないほうが私の様子もわかっていただけるかと思ったので、あえて修正せずにアップさせていただきます。


10月18日(日)夕方、発作前の仮眠
栃が落ち着いているときに寝るしかありませんでした。
私はこうしてずっと栃の横で寝ていました。
栃の枕の部分にまでペットシーツを敷いているのは、よだれの量が多かったからです。
タオルを敷くだけでは間に合わず、すぐにべちょべちょになっていたので、
こうしてペットシーツを使っていました。



10月18日(日)時間外で診療していただいた後
かかりつけの病院の携帯電話がつながらなかったので、夜間診療をしている先生に無理をきいていただいて診ていただいた後、帰宅した栃がいびきをかいて寝ているところです。
わずかに20分くらいの睡眠で、あとはずっと目を開けて朝までじっとしていたようです。
そうです、栃は脳の異常信号のおかげでぐっすり眠ることができなかったのです。



10月19日(月)夜 発作止めの注射を打った後
このころにはうまく呼吸ができなくなり、苦しそうにしていました。
うまく呼吸ができないというのは、この後受診してからわかったことですが・・・
体に熱がこもっていたために、しんどかったのだとわかりました。



発作止めが効きますように・・・と私が抱いて落ち着かせようとしているところ。
栃の重さ、栃の温もり・・・今も忘れることはありません。




10月20日(火) 霊園で葬儀の前に
ありがとう、ありがとうと何度も語りかけたところです。
いつか私たちも行くから待っててね、とも。



私が栃に謝ったことは、ただひとつ。
「いつもお留守番ばっかりでごめんね・・・」でした。
私の知らないところで何か起こっていても、気づいてやることができなかったでしょう。
でも、これ以外はもう、感謝の気持ちしかありません。
栃がいてくれたから楽しかった・・・栃がいてくれたから幸せだった・・・
他に何を語る必要があるでしょう。



栃、今まで本当にありがとう。

# by tochinara | 2009-10-24 19:35 | トチ | Trackback | Comments(8)

トチ、ありがとうね

10月20日(火)朝・・・何時頃だったでしょうか。
栃を見送った後、それぞれ栃に語りかけたりして時間をすごし、
寝たのは午前3時を過ぎてから。
24時間受付体制の霊園に義父が電話を入れ、葬儀の予約をしました。

人が亡くなったら死化粧をしますが、栃は犬ですから、さすがに死化粧というわけにはいきません。
そこで、私は栃の爪切りをしました。
生前は爪切りを嫌がり、動物病院でしかさせてもらえませんでした。
何の抵抗も受けずに爪切りをできたのは、これが最初で最後でした。
主人は、形見に・・・と栃の尻尾の毛を少しカット。
フサフサ尻尾が自慢の栃でした。
もともと嬉しいときでもそんなに大袈裟に感情表現をする犬ではありませんでしたが、
私たちが名前を呼ぶと、ここ数年はゆっさゆっさとよく尻尾を振っていました。


主人は出勤なので、11時の葬儀には職場から向かうことになりました。
私と主人の両親はそれぞれの車で(主人の両親はその日午後から病院のため大阪に帰らなければならなあかったので)自宅から向かうことに。栃は義父の車に乗りました。
私の実家にも連絡を入れ、葬儀に来てもらうことにしました。
楢も連れて行きたい思いはありましたが、犬には理解できないのと、
初めて行く場所で過剰なストレスをかけたくなかったので、留守番してもらうことにしました。
(後に霊園で犬連れの人を見ましたが、よく吠える犬だったので、やっぱり楢を留守番させて余計なストレスを与えなくてよかったと思いました)


楢とお別れを済ませた後、自宅から旅立つ直前の写真。
栃が好きだった、コアラのパペット・チープくん(ワゴンセールの激安おもちゃ)をそばに、
栃の大好物のおやつを一番近くに。



霊園には早めに着いたので、主人や私の実家の両親を待つ間、義母と一緒に売店で犬用の仏壇を見たりして過ごしました。仏事に縁のないときには、ペット用の仏壇なんて・・・と思っていましたが、
ずっと栃とつながっていたいという思いはぬぐいきれず、義母や後に主人とも相談して、
そんなにお高くない「お祈りセット」を、我が家と主人の実家の分・2セット購入。


やがて、時間までに全員が揃い、いよいよ葬儀に。
栃がお世話になった病院からお花を贈っていただき、棺を華やかにしていただけました。
先生方、ありがとうございました。




栃の前肢にも数珠を。



いつまでも一緒にいたかったけれど、それは叶わぬ夢。
でも、それでも、一秒でも長く栃と一緒にいたかった・・・


栃の寝顔が安らかであったことが何よりの救いでした。
栃には、何度もありがとう、と言いました。
唯一、栃に謝ったことは、「留守番ばっかりさせてごめんね・・・」でした。
仕事が忙しく、休みの日に家を空けることもありましたし、
仕事の日は9~10時間の留守時間でした。
体調を崩し始めてからは、なんと長い時間だったことか・・・
その分、最後はずっと一緒にいてあげることができ、少しは罪滅ぼしが出来たかな・・・と思っています。


火葬場では、ペットへのメッセージが書ける線香が用意してあり、焼くとそのメッセージが浮かび上がるとのこと。栃へのメッセージを主人に書いてもらいました。

焼いていただいた後、呼ばれて火葬場に行くと、そこには栃のお骨が・・・

火葬担当の係の方が、
「14歳という年齢でこんなに骨がきれいに残るなんて、これは良いことですよ」と。
説明をうかがいながら、栃の体が揃うように、骨壷に収めていきました。
栃の体からすれば小さな骨壷だけれど、それでも私たちの心に残るものは大きいのです。


ふと目をやると、主人の書いたメッセージが浮かびあがった線香が・・・


この線香も骨壷に収めました。



骨壷に収まらずに残ったお骨は、共同墓地に収めていただけるそうです。
共同墓地はとても見晴らしのいい場所で、見下ろすと、主人の通勤ルート・中国自動車道が見えます。


お骨は返骨してもらい、私が小さくなった栃とともに帰宅しました。

小さくなった栃を抱くと、涙が止まりません。
でも、こうして、栃を抱いて語りかけることができること・・・
泣きたいだけ泣くのも供養、いつか笑顔だけで語りかけるのもまた供養、
常に栃を思い出し、栃への「ありがとう」の気持ちを忘れずにいたいと思います。


# by tochinara | 2009-10-22 00:04 | トチ | Trackback | Comments(6)

3日間の老犬介護 その3

10月19日(月)午前8時過ぎ
やはり立ち上がり歩こうとするのですが歩くことはできず、くたびれて休んでいる間に、
義父と義母に栃をみていてもらうようお願いし、楢の散歩に行くことにしました。
栃が寝込むようになってからは、いつ何が起こるかわからないため、
私が栃のそばにいることを最優先させてもらい、楢の散歩は主人が行ってくれていたのですが、
平日となると主人は仕事へ行かねばなりません。
月曜日はちょうど私が休みの日なので、家にいることが出来る日ですが、今、栃から離れるわけにはいかないので、この頃には、職場の人たちにもお願いして、数日は私が出勤せずに済むよう、配慮してもらっていました。

午前9時ごろ
水をシリンジで10cc飲むことができ、缶詰フォードをお湯でどろどろにして、栃に食べさせてみました。
わずかな量ではありましたが、ゴックンできました。しかし、残りはもう気力がないのか、口からあふれ出てしまう状態でした。

栃のMRI検査をお願いしていた高度医療設備の整っている医療センターの担当獣医師から電話があり、
「今日の午後11時に検査予約していただいていますが、栃くんの様子はどうですか?」と検査意思の確認がありました。
私は「実は予約を入れていただいた土曜日から段々容態が悪くなり、今朝主治医の先生に診ていただいて最終的に検査をしていただくかどうか決めることになりました。病院にはこれから行きますのでお返事を待ってください」と伝えました。




徘徊の合間におかあさんやおとうさんに抱っこされる栃。
徘徊にはショートリードを使い、危険のないようにしました。
徘徊は9時40分から約30分続き、途中、口もとがぴくぴく震える(発作時に起こる)ことがありましたが、発作にはいたらず、落ち着いたところで病院に向かいました。




病院で1時間ほどの待ち時間のあと、診察室に入りました。
栃の体重は12.5キロまで減っていました。わずか3日で2キロも減っていたのです。

栃の容態を診ていただき、この様子ではMRI検査(全身麻酔)には耐えられないだろう、とのこと。
私たち家族も同じ思いでした。

検査をしていないので確定はできないけれども、と前置きがあってから、
先生からは「病状の進行度合いが速い。これは、脳腫瘍か脳の感染症の可能性が高いです」
と言われました。

水分を自分で摂れていないため、ラクトリンゲル液を点滴してもらい、抗生物質と副腎皮質ホルモン剤を皮下注射してもらいました。
そして、自宅でも点滴をすることになり(昨日と同じ脳圧を下げる薬??)、ポンプ式点滴機をお借りすることになりました。


病院に行くのに出たついでに夕食の買い物をしたかったのですが、
栃が帰りの車中で鳴きだし、とても買い物どころではなかったので帰宅することにしました。

12時45分、帰宅すると途端に徘徊を始めました。
徘徊に疲れて落ち着いたところ、13時20分ごろから点滴を開始しました。

点滴中に、義父が昼食と夕食の買出しに行ってくれました。
作る気力がなかったので、昼食はおにぎり、夕食はお弁当を買ってきてもらいました。





点滴を始めた直後、口もとがぴくぴく動き、発作が起こるのかと心配しましたが、
発作は起こらず14時30分には点滴が終わりました。直後、立とうとしましたが自力では立てず、
そのまま一旦お昼寝体勢に・・・

昨晩寝ていない私もウトウト・・・


16時ごろ、急にムクッと起き上がり、数歩自力で歩いて義母のそばへいく栃。
落ち着いている様子だったので寝床には移さず、そのままそこで寝かせることにしました。
義母も栃が自分の傍らに移動してきたことに気づき、手をつないで寝ていました。


栃の気配が感じられるところで楢も昼寝・・・(相変わらず私の寝床を占拠!)



18時ごろ、徘徊しかけたのですが、私に電話がかかってきたため、
栃を抱っこしながら電話に出ていると、やがて落ち着いて自分の寝床で眠り始めました。

おかあさんの膝の上で・・・




さて、主人も帰宅し、交替で食事をとることに。
みんなの食事中、徘徊を始めた栃につきあうのは私。
ショートリードをつけて、歩きたい方向に歩かせました。
部屋の隅に行ってはそれ以上進めないこともしばしば。
立ち止まってかがみ込み、排尿もありました。
すぐにオムツを替えてあげようとしましたが、オムツを替えるときだけはじっとしてくれず、
食事中の主人に助けを求めました。

オムツも替えて栃も落ち着き、やれやれ・・・
やっと今度は私がご飯を食べる番になりました。
ご飯を食べるといっても、ゆっくり食べていることは出来ません。
いつ発作が起こって注射しないといけないかわからない。
食べていても気が気ではありませんでした。
そんなとき、「みよちん、来て~」と主人に呼ばれました。

20時40分、急いで栃のところへいくと、口もとがぴくぴく・・・発作の前兆でした。


よだれが出始めましたが、発作の前兆ではあるものの、発作は起こりません。
しかし、10分以上口もとの痙攣はおさまらず、よだれをたらしてしんどそうにしているので、
念のため発作止めの注射をすることにしました。
注射を打ったところ、痙攣はおさまりました。
そして、立ち上がろうとするのですが、体の自由がきかないため、キュンキュン鳴きだします。
よだれは止まらず、段々息づかいがあらくなり、苦しそうになってきました。

発作は起こっていないので様子をみるしかないと思っていましたが、
22時になっても息づかいがあらいことに変化はなく、指示をあおぐために、病院に(時間外なので携帯)電話させてもらいました。容態を伝えると、時間外だが連れて来て良い、とのこと。
実際に様子を診てみないことには処置ができないので・・・ということで、22時30分過ぎに病院に到着。
もしものことがあっては・・・と家族全員で行きました。

栃の様子を診られた院長先生が、「抗てんかん薬、ステロイド、ときて、それでもおさまらなければ次は麻酔で一時的に落ち着かせるしかありません・・・でも、覚めたらまた発作や痙攣が起きるでしょう。対症療法でしかなく、根本的な原因がつきとめられずその原因が取り除けないために、治療といっても常に後手後手になってしまうのです。」と言われました。ひとまず痙攣止めの麻酔薬を注射してもらい、他にも2本注射をしてもらいましたが、栃の体温をはかってもらうと、41度1分。
「熱射病の症状ですね・・・もう自分で呼吸がうまくできなくなっているのです。そのために熱が外に発散できず息づかいがあらいままなのです。」

その言葉を聞いて、私は決心がつきました。
家族の中にも色々な思いがめぐっただろうと思いますが、
栃が栃でいられないのなら、家族会議で決めたように、安楽死を選択するときが来たのでしょう。
「出来れば自宅で最期を迎えさせてやりたいのです」とお願いしました。
診療時間外でもあり、昼も夜も食事の取れない状態での勤務が続き、常にお忙しい先生方にとって、
我が家の申し出はご迷惑であっただろうと思います。
「お宅まで伺うことが時間的に難しいので、家族全員でお家で看取られるなら、なんとかご家族でお願いしたい」とのことで、点滴麻酔キットをお借りして帰ることになりました。
1秒間に3滴落ちるくらいのスピードだと栃くんに負担がかかりません、とご指導いただきました。
「処置をするタイミングはどうはかればいいでしょう?」
不安がる私を見て主人が聞いてくれました。
「今の麻酔薬が効いている間なら栃くんも楽に眠りにつけると思います。本当なら今打った麻酔薬は一時的なものなので、打って数分で目覚めることが多いんです。でも栃くんは、まだスヤスヤしていますよね・・・ちょうどいいタイミングかもしれません」


病院をあとにしてからも、私は不安でした。
自宅で、家族全員に見守られながら栃を送り出すことは、家族全員が望んだことでした。
しかし、その処置を、私がやっても大丈夫なのだろうか???

2日前に、夜間診療の時間外でお世話になった先生を頼って、ダメもとだと思いながら、立ち寄りました。
先生は急患の対応をされていたので、看護士さんに、2日前にお世話になったお礼と、これから家で栃を安楽死させることになったことを伝えました。
冷静に、丁寧に話を聞いてくださった看護士さんは、帰りかける私を呼びとめ、
「栃ちゃんを入れる箱か何かは用意されてますか?」と聞いてくださった。
「霊園にはベッドに入れて運ぼうかと考えているのですが・・・」と答えると、
「霊園の名前の入った箱がありますから、それなら棺にもなりますし、よかったら持って帰られませんか?」とのこと。霊園の名前といっても・・・いろんな霊園があるだろうに・・・と思いつつ、
栃の先輩犬がお世話になったという霊園の名前を告げると、
「その霊園のものならあります」と、栃の体の大きさに合う箱を出してくださいました。
何度も何度もお礼を言って、一時的な麻酔薬で落ち着いている栃とともに帰宅しました。


日付が変わり、10月20日(火)午前0時過ぎに帰宅。
栃を寝床に寝かせ、家族全員がお手洗いに行ったり、のどの渇きを潤したりして心の準備をし、
栃のそばに集まりました。
楢は何かを察したのか、2階から下りてきませんでした。

痙攣止めの麻酔薬で落ち着いている栃。



栃を囲んで、思い出話を語り合いました。
あんなときこうだったよね、こんなときこうだったよね、と。
10分か15分ほど思い出話に花が咲いたでしょうか。

そろそろ・・・ということになり、
0時40分、私が、点滴針を入れました。

最後は、栃が大好きだったおかあさんに抱っこしてもらうことにしました。
義母も決意できるまで、どれだけ悩み苦しんだことでしょう。
「おかあさんより先に逝ったらアカンやんか・・・」と言いながらも
取り乱すことはなく、ずっと栃を抱いていてくれました。

聴診器で栃の心音を聞いていると、最初は普通に動いていましたが、
時間の経過とともに、心音は緩やかになり、0時55分、点滴は終了。
小さい、小さい心音が確認できましたが、その後しばらくして、栃の心音は完全にとまりました。




栃、永眠。


享年13歳11ヶ月。


安らかに、本当に安らかに、旅立ちました。




# by tochinara | 2009-10-21 15:20 | トチ | Trackback | Comments(5)

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